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2019年葉月便り

 投稿者:休農休弓  投稿日:2019年 8月 1日(木)08時23分11秒
返信・引用
  皆様
暑中お見舞い申し上げます。
長い梅雨が明けたと思ったらこれぞ夏本番とばかりに連日の猛暑です。
約20kg収穫した梅ですが6kgを梅干しに残りは梅酒にしました。
6月に漬け込んだ梅干しですが今年はちょっと変わった漬け込みを試みました。
梅を熱湯消毒すればカビも出ず追熟されてよりおいしいという荒業ですが
知る人ぞ知るつけ方です。半信半疑でのトライでしたが塩分10%弱ですが、黴も出ず全く問題なしでした。
写真は土用干しの我が家の梅干しですが3日3晩干して保存に回ります。
葉月便りですがメール手直し諦め、今月も各戸への配信は出来ませんでした。

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2019年葉月便り
こんにちは。今月のテーマはスポーツですがやはり一般論ではなく自らの経験に基づくものと言う事となると何となく自慢話になりそうです。しかし自慢話では面白くもおかしくもまた何のためにもならないので少しは健康に役立つような内容になればいいかなとは思っています。ご多分に漏れず戦中生まれの我々の世代の小学校時代はスポーツなどと構えたものは一切なく着るものも履くものも通常の学校に行く普段のままでした。休み時間に悪ガキ同士で相撲を取ったり、ドッジボールをしたり、縄跳びをしたり、三角ベースで野球の真似事だったり、今から考えるとまともにスポーツと言えるようなことは何もしていなかったのではないか思います。運動会が唯一のスポーツ大会と言えるものでしたがその時何を着せられたかまるで覚えがありませんが赤と白のハチマキだけは何となく記憶にあります。今の子供たちはブランドのユニホームや専用のスポーツシューズやら格好だけを見るとそれこそ親は金がかかって大変だろうなあと変な心配をしてしまいます。中学では卓球をやっていた記憶がありますがこれも何か目標をもって練習するようなものではなくいわば暇つぶしのクラブ活動として何か適当なものという程度の意識しかなかったかと思います。高校生になるとこれはもう時代が変わって現在の原型は出来上がっていたように思います。クラブ員の人数集めの一環だったと思いますが、よくわからないまま誘われてラグビー部に在籍、それでも厳しい練習に何とかついてゆき対外試合なども経験しました。とは言え大学受験が最優先で徹底的にラグビーに専念とはなりませんでした。本格的に熱を入れたのは大学でのアーチェリーです。何故アーチェリーかですが1960年代当時まだ社会的に知られておらず大学から始めても競技会でトップクラスになれる可能性があると勝手に思い込んだ事、さらに歳を取っても続けられるスポーツではないかとなるとそう多くはありません。結果的には大学のリーグ戦ではレギュラー選手に選ばれ2部で優勝、入れ替え戦で1部昇格に導いたメンバーに入れたこと、個人戦ではインカレの30mで距離賞をとったり補欠ではあったが王座戦のメンバーに選ばれたり、とそれなりに活躍出来たのではないかと思っています。学生時代勉強はしていませんが授業はなぜかサボらず真面目に学校に通ったこととアーチェリーの練習はしっかりやったという自負があります。問題は卒業後スポーツにどう取り組んだかですが全く人並みにゴルフを少しかじった程度でアーチェリーには全く見向きもしませんでした。きっかけは卒業後に弓を再開した後輩に誘われ、その時たまたまその後輩のスコアーを聞いたら学生時代に苦労したインカレ優勝30mスコアーがあっさり抜かれていたのがショックで、動機は誠に不純ですが、よしやったろうとばかりに当時一番いい弓を購入、矢は学生時代のものを引っ張り出し、在住していた目黒区のアーチェリー協会に入会し23年間のブランクはありましたが、本格的にアーチェリーの練習再開でした。転勤等でのブランクはありましたがリタイアー後の10年間は半農半弓と称し新しい道具に惜しみなく金をつぎ込むなど70歳脊柱管狭窄症で挫折するまで生涯スポーツとして入れ込みました。何がそれほどまでに夢中にさせた要因なのかよくわかりませんが、練習の成果が的面に即現出と言う事もあるようです。的は自分を映す鏡なのです。
2019年8月1日


 
 

2019年文月便り

 投稿者:休農休弓  投稿日:2019年 7月 1日(月)08時46分33秒
返信・引用 編集済
  皆様
今年の梅雨は西日本での梅雨入りがやけに遅かったのですが、7月に入り梅雨前線の停滞から各地での大雨の心配が出てきました。 今後の予報としては7月後半になると梅雨前線は東北付近に停滞しやすくなり、九州から近畿は太平洋側を中心に晴れる日が次第に増えるそうです。
平年の梅雨明けは九州南部は7月14日ごろ、九州北部は19日ごろ、四国は18日ごろ、中国や近畿は21日ごろですが、
今年の梅雨明けは平年より大幅に遅れることはなく、梅雨の期間が極端に短くなる可能性があるそうです。
東海や関東甲信は平年の梅雨明けは7月21日ごろで、今年は今のところ平年並みかやや遅くなる可能性がありそうです。
といったことのようですがさてどういうことになりますか「当たるも八卦当たらぬも八卦」とはいうものの科学の粋を集めた
最近の天気予報の予報精度を期待しています。
追伸
メールシステムの回復の見通し立たず各位への配信は今月も断念せざるを得ませんでした。
月のものがない、生理不順か、失語症か、いや遂にくたばったかとご心配いただきありがとうございます。
絶好調とは程遠いですが減らず口をたたきながら、それなりに何とかやっております。

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2019年文月便り
 こんにちは。いろいろありましたがもう夏です。季節の移り変わりに合わせてというわけではありませんが取り上げるテーマですが今月は教育です。このテーマは比較的共通なテーマで皆さん必ず一家言あるようなテーマかと思います。幼児教育の無償化が決定されたようですが教育は金がかかるものですが問題は何に金をかけるかと言う事でしょう。議論の余地がないところは人=先生にかけることでしょう。教育の質=先生と言っても過言ではないと思っています。特に幼児教育がもう少し議論され、その重要性の認識が進んでも良いのではと思っています。「三つ子の魂百まで」と言いますが、ここでいう魂は「性格」という意味で、心、知恵、根性などとも解釈されることもあります。心、知恵、根性をどのようにはぐくむか生後3歳頃の子どもは、言葉数やできることがグッと増え、言葉で気持ちや主張を表現したり、親のいうことを聞かずに自分の意思で行動したり、興味のあることに熱中したりするなど、一人ひとりの個性が花開く時期です。この時期にどういった環境に子供を置くか、その指導にどうあたるか、長い人生の中でのほんの一瞬ですが、この時期に見られた個性は、大きくなっても残っているのではないかと思います。こうしたことから、諺に「三つ子(3歳の子ども)」が使われたと推測することはできます。生後3歳頃を含め、幼い子どもの頃の性格が、大人になっても残っているという根拠は示されていませんが何故か経験的にそうではないかと思っているひとは多いと思います。子どもの性格は、遺伝、親の関わり、生活環境、対人接触の頻度、成功や挫折体験など無数の要素によって形成されるものだと考えられていますが科学的根拠は統計的手法での証明が多いように思います。生後3歳ごろまでどのような環境下におかれたかなどの統計はほとんどありませんが、犯罪者には幼いころ貧困家庭に置かれたものが多いということははっきりしているようです。日本では幼児教育実践の責任はあくまで親であり、第二義的責任において親以外の保護者が行うことになっています。近代日本の教育においては、制度的な幼児教育はあくまで「家庭教育の補完」として、また家庭教育を補う役割とともに家庭教育における幼児教育のモデルを示すものとしての期待があり、個別的である家庭教育と集団的に行われる制度的教育の長短をめぐって、期待と役割に変遷があるのは事実でしょう。しかし今日、核家族化や女性の社会進出等に伴い家庭での教育時間が減少していることから、制度的な幼児教育の充実が、「待機児童」等の社会的問題や関心を巻き起こすまでに求められています。現在幼児教育は義務教育ではありませんが、幼児教育の無償化は実質的な義務教育化ともいえると思いますがそれにしては制度の在り方、専門家の養成、先生の数・質の充実にもう少し金をかけ、議論があってもいいように思います。では御機嫌様さようなら。
2019.7.1

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2019年水無月便り

 投稿者:休農休弓  投稿日:2019年 6月 1日(土)09時44分30秒
返信・引用
  皆様
こんにちは。改元にまつわる喧騒もひと段落したようですが、後半は例年にない猛暑に襲われ往生しました。シリーズとしては今月は「芸術」ですが猛暑の中、冷や汗をかきました。
ところでこの便り2002年(60歳)から始め17年になります。ブログに掲載を始めたのが2007年からですがこれはあくまでデーター保管機能としてでした。パソコントラブルに何度か巻き込まれましたが、外部記憶装置としてこの仕組みを利用させてもらっていました。今回はメールソフトのトラブルに巻き込まれ、というか何かの操作ミスから送信が全くできなくなってしまいました。
色々いじくってみましたが事態は悪化する一方でとうとう解決できないまま定例日の1日が来てしまいました。何時も決まって來る迷惑メールが来ないと、発信者にさては来るべきことが来たのではとあらぬ想像を抱かせることになりそうですが単なるメールトラブルなのでご安心というか残念でした。
当方のメールの仕組みですが、Yahooメールをベースにし、その上にメールソフト「Thunderbird 」を連結したものです。こうしておくと旅行などでホテルにある外部のパソコンで自由にメールの送受信がが出来ます。もちろんこの場合はYahooメールを使ってですがことは足ります。自宅での送受信は「Thunderbird 」を使いますが使い慣れたせいか大量のあて先への同時発信など気楽にできていました。それが今回受信は出来るが発信が全くいうことを聞いてくれません。どうも原因らしきことまではわかってきましたが、解決できるまでの読解力とパソコン操作能力と更にパソコン7不思議に惑わされて結局「ダメ」(=X)でした。時期は全くわかりませんが、直ったら再開する予定ですが今回は下記掲載と言う事でご勘弁ください。

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2019年水無月便り
こんにちは。政治・経済・宗教・哲学まで来ましたが次は芸術です。芸術もいろいろあり何か身近なものと言えば絵画でしょうか。小学生の時「東京日日新聞」(毎日新聞の前身)に応募した作品が優秀作品として表彰された記憶があります。小学校の絵画の成績が比較的良かったからと言って必ずしもその後の進む道を決定づけたかというと結果的に全く関係なかったと言う事でしょうか。子供の育て方からいうと自分の母親は当時の状況から考えると結構教育ママ的で賞をもらったからかどうかは全くわかりませんが、絵を習わせに芸大出の学生のところに通わせたりしました。書道ですが小学校の書初めの宿題では今度は父親の出番で、支給された書初め用の半紙ではなく、障子紙を使って何枚も書き直させられ、これはと思うものを持って行けといった調子で、金賞・銀賞は結構毎年獲得した記憶があります。結局これもその時だけで進路には全く影響なしだったようです。全く影響なしかというとそうでもなさそうで自分が書く文字はちまちました字ではなく枠をはみ出すような大きく勢いのある字は多分その時身についたものかもわかりません。自分の息子の字は図体はでかい癖にやけにちまちました字しか書けないと思うことがあります。DNAもあるのでしょうが後天的な教育の方が大いに影響するのでしょう。息子の書初めなどに全くかかわらなかったことは明らかです。親父の書道は全くかなわない趣味の一つです。親父は趣味人で園芸、短歌、書道、囲碁、エッセイ、鎌倉彫、海釣り、謡、競馬、麻雀等々当時の定年57歳でリタイアし82歳で亡くなるまで晩年はまさに趣味三昧の悠々自適の一生ではなかったかと思います。芸術論に戻りますが絵画は社会に出て会社に入って15年間ぐらいは会社の同好会に入りスケッチ旅行などに好んで行っていました。社内の展覧会の即売会では油絵が売れたりして、所詮額代程度でしたが気をよくした記憶があります。絵がうまい下手というより個性が出るのが面白いのでしょう。スケッチ旅行で同じ題材を描いても最後の品評会では自分のは絵葉書、このおとなしそうな若いお嬢さんがこんな大胆な構図を取るのかと驚きの何物でもありません。現在まで何とか片鱗が残っているのが年賀状の木版画です。何回かはオリジナルの自作の絵を版画にしたことがありますが全く面白くないので、デザインは有名絵画、例えば歌麿の美人画からの美人画シリーズ・相撲絵シリーズ・写楽シリーズ等ですが、長年やっていると年賀状を作り終えた翌日からさて来年は何にしようと頭の一角をこの思いが占めてしまいます。原画がオリジナルの自作ではなくても木版にすると全く違った印象になります。彫刻刀のなせる業なのか線の太さ、勢いなどで印象が変わるから不思議です。木版による賀状作りは高校生の頃からだと思いますが原盤は探せば1枚を除いて保管されているはずです。1枚は学生時代の友人がどうしても欲しいと言われ差し上げた覚えがあります。長くやっているとファンが出てくるもので何年かぶりかでお会いしても年賀状の話題から話が進むなどの効果もあります。とんだ芸術論になってしまいましたが、やはり芸術論は酒の席でさらりと触れる程度が良いようで、こういった書き物にすると自分の底の浅さを暴露させられること必定です。
2019年6月1日
 

令和元年皐月便り

 投稿者:休農休弓  投稿日:2019年 5月 1日(水)13時17分27秒
返信・引用
  皆様
今日は記念すべき日です。改元の初日です。
元号はいわば時間という横軸に名前を付けることですが結構分かりやすくその時代を表現するのにはもってこいです。
1920年代(?)と言ってもピンときませんが明治・大正・昭和・平成と言えば人によっての知識・思い入れ・経験でその時代を 簡単にイメージさせてくれます。親父は明治生まれ、お袋は大正生まれその息子である当方は明治大正と現代をつなぐ 昭和生まれとうそぶいていた時期がありました。その昭和・平成も終わり新しい元号「令和元年」の今日は初日です
別名「令和元年皐月便り」お届けします。今後ともよろしくお願いいたします。

?1920年代に入ると大戦景気の反動による不況(戦後恐慌)をはじめとして、震災恐慌、金融恐慌など経済的な苦境がつづいた。 都市の中間層の増大は大正デモクラシーといわれる政治上の主張としてあらわれ、一般大衆の選挙権を求める運動 (普通選挙法)がさかんとなった。 本格的な政党政治がおこなわれ、一方では社会主義思想が広まって労働争議や小作争議が相次いだ。

<参考>先月の便り
いよいよ新年度の始まりです。
そういえば「平成」最後の月の便りとなります。
この便りは「年」表記は当初から西暦を使い、「月」表記は当初から「和風月名」の表記にしています。
現役時代、年の表記はそれまで何の疑問を抱かずに元号を使用していましたが、たまたま昭和から平成への改元に遭遇し
文書管理上の選択を迫られ、迷うことなく西暦に切り替えました。以降公的、私的を問わず元号を強制される文書
(何故か行政文書・銀行の文書が多い)はやむを得ず元号を使っていますがそれ以外は本能的に西暦を使用するようになりました。 本能的とはちょっとオーバーですが自然に頭に浮かぶ年の数です。元号に25を足せば昭和を西暦に、88を足せば平成を
西暦にと言った換算ルールなども本能的に出てきます。
和風月名ですがこれは何となく「季節の便り」にはこれがふさわしいのではと思って意識した記憶があります。
前置きは以上ですが平成最後の月の便り添付します


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2019(令和元)年皐月便り
こんにちは。新元号開始の記念すべき日です。テーマは哲学ですが、人生・世界、事物の根源のあり方・原理を、理性によって求めようとする学問、また、経験からつくりあげた人生観。と辞書にありますが普遍的にとらえるのではなく、後半のきわめて個人的な人生観を語ることにします。サラリーマン道半ばにふとリタイアー後に何をするかというテーマにぶち当たりました。41~2歳頃だったと思いますが当時はリタイアーしたら二度の勤めはせず、何か好きなことをして悠々自適に過ごすと漠然と考えていました。そこでまず思いついたのが月のうち10日間程度旅をし、あと20日間は晴耕雨読が良かろうと考えたわけです。どう言う旅か、きっかけは1983年放送の鈴木清順、加藤治子出演のNHKテレビドラマ「みちしるべ」、ワゴン車を住まいにして旅する老夫婦。妻は足が不自由だが、2人だけの気ままな旅。時にふと死の予感におののき、沈黙の時が流れる。そして、妻の死。夫は今からが本当の孤独である。こういった内容のテレビドラマでしたが、もっと気楽に物見遊山にキャンピングカーで日本各地を巡る旅、キャンピングカーは経費節減で宿が確保できなくても最悪寝るところが確保出来、移動手段としての足の役割を果たすと言う事です。車が好きというわけではなく機能的にはこれが一番であろうと思ったわけです。リタイアー時に4~5百万円程度出せば車は入手可能、その程度なら実現可能と考えました。月の1/3というのはこの程度が長すぎず短過ぎずバランス的によかろうと言うだけでこのバランスは実践しながら変えれば何とでもなると思っていました。正直な話この時まだ自動車の運転免許すら持っておりませんでした。まだ働き盛り、年がら年中こんなことを考えていたわけでなく、ふと先のことを考えたりすることが誰しもあると思いますが、そんな時このテーマが頭をよぎると言う程度でした。52歳の時沼津に転勤、住む家を決めてから通勤のための公共交通機関がないことが判明し自動車運転免許取得、更にその時の借家の前の荒れ地を勝手に開墾して家庭菜園を始め、ここで百姓のいろはを学び晴耕雨読の何たるか、少し早めの夫婦二人だけの老後生活をかじったわけです。まずは朧気ながらも思い馳せることから始まり、何かの時にその思いが判断要素の一つになり、自らの行動の判断基準に加わり、いざ右左を決めると言ったような時に影響するのではと思います。実際リタイアーしてその後どうなったかはこの便りで記述してきましたが、要約すれば結局放浪の旅はせず、旅と言えば1回/月程度の二泊三日の温泉旅行で済ませ、後は半農半弓と称し百姓と弓にうつつを抜かすという悠々自適が実現したわけです。これが哲学かとお思いでしょうが「百姓」の選択に少しこの思いが込められています。百姓を選んだのには哲学が必要でそれほどオーバーなものではありませんが考え方のよりどころになるものです。自分がどういう人間かは人生も後半にもなればある程度わかってきます。計画性が無くはないが充分とはいえず、自己コントロールは得意かと言うとそれほどでもないというようなことです。毎日が日曜日いうリタイアー後は、なにか自然に規制がかかるような仕組みに自分を置かないと、ややもすれば無為に流されてしまいます。こういう人間は自然を相手にするのが一番で、自然は待ってはくれませんし、それなりの計画を立てるか、自然に従うしか ありませんがそれにうまく対応できれば良い訳です。自然は怠け者を叱咤激励しながら従わせてゆくが、時に人は逆らいながらもそれを克服しようと色々試みる。この辺のところが面白いところで自然との共生というテーマの真髄ではないでしょうか。いうなれば蓋然性と意外性が繰り返し起きてくるところが面白いのです。
2019(令和元)年5月1日
 

<月の便り号外> 平成最後の日

 投稿者:会長  投稿日:2019年 4月30日(火)14時10分31秒
返信・引用
  <月の便り号外>
平成最後の日
2019年4月30日は平成という元号になっての最後の日です。平成は、日本の元号の一つ。昭和の後、令和の前。大化以降247番目の元号。今上天皇の在位期間である1989年(平成元年)1月8日から2019年(平成31年)4月30日まで。平成は昭和天皇が崩御されて生まれた元号ですが、「新しい元号は『へいせい』であります」と1989年1月7日、14時36分。小渕恵三官房長官が記者会見室で、「平成」と墨で書かれた生乾きの2文字を掲げました。内閣報道室の職員らが竹下登首相の談話を配り始めると、座っていた記者団が一斉に立ち上がってカメラをさえぎったため、いったん机に置いた白木の額を小渕氏が再びカメラに向かって両手で掲げる「撮り直し」の一幕もありました。翌8日朝、記者団から平成元年を迎えた心境を問われた竹下氏は「平静です」と語り、首相談話は平成を「国の内外にも天地にも平和が達成されるという意味が込められており、これからの新しい時代の元号とするに最もふさわしい」と説明。そのうえで「新しい元号も、広く国民に受け入れられ、日本人の生活の中に深く根ざしていくことを心から願っている」と締めくくったという歴史的事実があります。さて、平成最後の日に当たり自分なりの総括をしてみようかと思います。ふりかえると、1966年から2002年までが現役生活でしたが元号でいえば昭和41年から平成14年までとなります。昭和時代の23年間と平成時代の14年間ですので現役としては主として昭和時代を主戦場としていたということでしょう。いわば昭和に生まれ、昭和の義務教育を経て、昭和で働いた、平成は晩年を過ごしたという時代背景の認識が妥当でしょう。平成を一口でどういった時代かと言えば自然災害に数多く見舞われたと言っても過言ではありません。以下事実の羅列が続きますが、その時その時を何らかの形で直接、間接にかかわらずかかわってきました。1990年代ですがやたら地震に見舞われました。雲仙普賢岳(雲仙岳)は、長崎県の島原半島中央部にある火山。1989年(平成元年)から、同じ長崎の「橘湾」を震源とした地震が発生していた。1984年4月より地震が頻繁に起こるようになり、1990年11月、雲仙岳山頂から噴火。噴火は1990年12月に一旦収まったものの、翌年再噴火。噴火活動は何度か収まりつつも、1995年3月まで継続。なかでも一番被害をもたらしたのは、1991年6月3日の噴火です。長期間にわたって噴火し続けたケースとしては珍しい例。死者は43名、負傷者は9名。1993年1月15日20時06分に発生したマグニチュード7.5釧路沖地震、さらに1993年7月12日10時17分に発生したマグニチュード7.8の北海道南西沖地震は震源地が奥尻島のすぐ近くであったため地震発生からわずか4~5分で津波が到達し奥尻島では、202人が犠牲になった。1993年米騒動、1994年の猛暑と続きます。さらに1994年10月4日22時22分に発生した、マグニチュード8.2の北海道東方沖地震、1994年12月28日21時19分に発生した、マグニチュード7.6の 三陸はるか沖地震と続きました。この年代の総仕上げはなんといっても1995(平成7)年1月17日5時46分に発生したマグニチュード7.3の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)地震は強烈であった。最大震度は7、死者数は6433名。日本ではじめての、都市型直下地震であり、戦後で二番目に死者数が多い災害である。勤務先で一緒に仕事した仲間が倒壊した家の下敷きになって亡くなっている。 2000年代に入っても地震が多い。2000年6月26日に噴火した三宅島噴火、2000年10月6日13時30分に発生したマグニチュード7.3の鳥取県西部地震、2001年3月24日に発生したM6.7の特に広島県西部で被害が顕著であった芸予地震、2003年9月26日に発生したM8.0の巨大地震である 2003年十勝沖地震、2004年10月23日17時56分に発生したマグニチュード6.8の新潟県中越地震は21世紀に入って初めて震度7を記録した地震であるが、地震発生後も、最大震度5弱以上の余震が20回近く起こり、死者は新潟県で68人であった。2005年3月20日10時53分に発生したマグニチュード7.0の地震は福岡県西方沖地震で死者は1名、負傷者は約1,200名。平成17年台風14号は8月29日に発生し、9月4日に沖縄県上陸、9月8日に北海道に上陸し温帯低気圧に変わるまでの間、全国各地に甚大な被害を与えた。 2005年11月から2006年2月にかけて発生した平成18年豪雪。 2007年3月25日9時41分に発生したマグニチュード6.9の能登半島地震、石川県で震度6を観測したのは、観測開始以来はじめてのことであった。2007年7月16日10時13分に発生したマグニチュード6.8の新潟県中越沖地震では死者は15名、負傷者2,346名にのぼった。2007年猛暑に見舞われ、岐阜県多治見市で40.9度を観測、そのほか、群馬県館林市、山梨県甲府市、埼玉県熊谷市などで40度越えを記録した。 2008年5月8日1時45分に発生したマグニチュード7.0の平成20年茨城県沖地震だが、茨城県沿岸沖合を震源としている大規模な地震は、1896年、1923年、1924年、1943年、1961年、1965年、1982年と過去に何度も発生している。2008年6月14日8時43分に発生したマグニチュード7.2の岩手・宮城内陸地震は他の同じ規模の地震に比べ、建物被害よりも土砂災害が多く発生した。2008年7月24日0時26分に発生したマグニチュード6.8の岩手県沿岸北部地震は、はじめは小さな揺れであったが、徐々に揺れが大きくなっていき、1分にもわたって揺れ続けたのが特徴。2009年8月11日5時7分に発生したマグニチュード6.5の駿河湾地震は台風9号が接近していたため、早朝ではあったがテレビにて中継が行われていた。そのため、地震が発生した瞬間にも、中継が行われ、東名高速道路が路肩崩落により通行止となり、お盆の帰省ラッシュに大きな影響が出た。更に2010年代ですが、2010年2月27日3時34分に南米チリで、マグニチュード8.8のチリ地震発生。翌日に岩手県大槌漁港に1.4メートル、北海道根室市花咲港に0.9メートル、茨城県神栖市鹿島港に0.8メートルの津波が来襲。日本の気象庁は3メートル級の津波が来ると予想していたが、実際に来た津波は3メートルに満たなかった。これが住民の油断を招き、翌年の東日本大震災の被害を拡大したともいわれている。 2010年猛暑であるが当初、冷夏になると予想されていたが猛暑日年間日数で、埼玉県熊谷市、群馬県館林市が41日間を記録。2010年12月31日から2011年1月2日にかけて発生した平成23年豪雪、福井市では25年ぶりに1メートルを超える積雪を記録、鹿児島市でも25センチメートルの積雪を記録した。年末年始であったため、Uターンラッシュにも影響し、特急列車が30時間以上立ち往生した。 新燃岳噴火は2011年1月から4月までにかけて、噴火活動が見られた。2011年の噴火では、火口の東側の512世帯約1,150人が避難、観光地として有名だった新燃池は消滅した。何といっても東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)であるが、2011年3月11日14時46分に発生したマグニチュード9.0の巨大地震。マグニチュード9.0は、日本の観測史上最大規模であり、最大深度7が観測されたのは阪神淡路大震災、新潟県中越地震以来、3回目である。死者・行方不明者は1万8,434人とされており、第二次世界大戦後最悪の自然災害とも呼ばれている。犠牲者の多くが津波による被害である。2011年3月12日3時59分に発生したマグニチュード6.7の長野県北部地震(栄村大震災)。長野県下水内郡栄村で大きな被害が見られたため、「栄大地震」「栄村大震災」とも呼ばれている。2011年4月11日17時16分に発生したマグニチュード7.0の福島県浜通り地震。平成23年台風12号は2011年8月25日に派生し、9月3日高知県に上陸した台風で岡山県・鳥取県を縦断し土砂崩れ、河川氾濫などの被害をもたらした。死者・不明者は92人。被害総額は少なくとも1236億円とされている。平成25年台風26号は2013年10月11日に発生し、10月16日関東地方にきた台風だが、伊豆大島で甚大な被害が生じたため、「伊豆大島土砂災害」とも呼ばれている。2013年猛暑は2013年7月から8月にかけて全国的に猛暑に。山梨県甲府市では40.7度を観測、高知県四万十市では、観測史上最高となる最高気温41.0度を観測した。平成26年豪雪は2014年2月8日から16日にかけて発生、ソチオリンピックが開催されていた時期でもある。岐阜県・山梨県・長野県では孤立し、ライフラインや物流が途絶えた。首都圏では私立大学の入学試験が行われていたため、一部の大学で時間の繰り下げや、日程の振り替えが行われた。2014年広島市土砂災害は7月30日から8月26日にかけて、西日本を豪雨が襲っていた。被害のあった集落はかつて「蛇落地悪谷(じゃらくじあしだに)」と呼ばれており、古くから水害が起こりやすいことが指摘されていた。2014年9月27日11時52分、長野県と岐阜県の県境にある御嶽山が噴火。2007年の噴火と異なり、前兆が観測されておらず噴火警戒レベルは1であったため、登山客が多くいた。57人の登山者が犠牲になった。 平成28年熊本地震とは2016年4月14日以降、熊本県と大分県で相次いで発生した地震を指す。4月14日21時26分、マグニチュード6.5の地震が発生。4月16日1時25分、マグニチュード7.3の地震。この時点で、熊本県益城町では震度7を2回観測している。その後、2016年4月16日3時55分にもマグニチュード5.8、最大深度6強の地震が発生。震度5以上の地震が、約30回熊本・大分を襲った。東海大学阿蘇キャンパスの学生寮が倒壊し、学生12人が生き埋めになった。この地震による被害者数は267人。この時点で、熊本県益城町では震度7を2回観測している。北海道には8月17日からの1週間で、台風第7号、第9号、第11号が上陸。8月30日台風第10号が岩手県に上陸。北海道に上陸する前に、温帯低気圧へとなるのが一般的であるため、1年間で3個の台風が北海道に上陸したのは、統計史上初である。これらの台風による死者は28人。2018年6月18日7時58分に発生したマグニチュード6.1の大阪府北部地震は首都直下型地震では、観測史上最大の震度である。西日本豪雨は2018年6月28日から7月8日にかけて、西日本を中心に発生した豪雨で気象庁は「平成30年7月豪雨」と命名している。台風7号と梅雨前線によって大雨がもたらされた。豪雨による死者は227人。2018年猛暑では埼玉県熊谷市で日本歴代最高となる41.1度を観測、岐阜県下呂市・岐阜県美濃市で41.0度を観測した。41度をこえたのは、観測史上初である。熱中症患者が続出し、死者は133人にのぼった。平成30年台風21号は2018年8月28日に発生し、9月4日に日本に上陸した台風で最低気圧は915ヘクトパスカルと、非常に強い勢力で上陸した。最大風速は大阪府関空島で58.1 m/秒。関西国際空港では、連絡橋にタンカーがぶつかり崩壊。利用客3,000人と職員2,000人が孤立状態になった。 2018年9月6日3時7分に発生したマグニチュード6.7の平成30年北海道胆振東部地震では苫東厚真火力発電所が被害をうけたことから、北海道全域で停電が発生。北海道全域が停電になるのは、北海道電力創立以来初のことである。
こういった平成の一時期があったことを振り返り先人たちが辛い経験をしておきながら、また被害がうまれてしまった、というのはとても悲しいことであると感じています。犠牲になった人たちのために残されたわたしたちができることはなにか、さらにこれから生きる人たちのためにできることはなにか、考えてみましょう。
2019(平成31)年4月30日(木)平成最後の日に寄せて
 

2019年卯月便り

 投稿者:休農休弓  投稿日:2019年 4月 1日(月)11時42分29秒
返信・引用 編集済
  皆様
いよいよ新年度の始まりです。
そういえば「平成」最後の月の便りとなります。
この便りは「年」表記は当初から西暦を使い、「月」表記は当初から「和風月名」の表記にしています。
現役時代、年の表記はそれまで何の疑問を抱かずに元号を使用していましたが、たまたま昭和から平成への改元に遭遇し
文書管理上の選択を迫られ、迷うことなく西暦に切り替えました。以降公的、私的を問わず元号を強制される文書
(何故か行政文書・銀行の文書が多い)はやむを得ず元号を使っていますがそれ以外は本能的に西暦を使用するようになりました。
本能的とはちょっとオーバーですが自然に頭に浮かぶ年の数です。元号に25を足せば昭和を西暦に、88を足せば平成を
西暦にと言った換算ルールなども本能的に出てきます。
和風月名ですがこれは何となく「季節の便り」にはこれがふさわしいのではと思って意識した記憶があります。

前置きは以上ですが平成最後の月の便り添付します.

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2019(平成31)年卯月便り
こんにちは。春爛漫まさに季節は着実に進んでいます。4月8日は花まつり「天上天下唯我独尊」とお釈迦さまの誕生を祝い、周囲の花々は咲き乱れ、空からは産湯代わりの甘露の雨が降り注ぎ、世界中が輝き喜びで溢れたと伝えられています。政治・経済ときて今月は宗教となればこれはこれでまた厄介です。あまり信心深いとは言えないので「宗教観」と言ったことになろうかと思います。菩提寺は高野山真言宗黄雲山逗子大師延命寺ですが、両親の葬儀やその他の法事でお世話になっております。年数回墓参りに行ってはいますがそれ以上でも以下でもありません。また近くにはかの有名な鶴岡八幡宮があり新年の初詣には必ずお参りしていましたが今年は歩いて数分村の鎮守の亀ヶ岡八幡宮で済ませてしまいました。宗教的行為は日本人の極めて一般的な行為であるお寺で手を合わせ、神社では拍手を打つことぐらいしかしていませんがこの行為をなぜかほとんど疑問を持たずにごく自然にやっております。神社参拝の作法として、通常は「二礼二拍手一礼」ですが出雲大社特有の参拝方法は基本的に「二礼四拍手一礼」と言う事も何故か知っています。正式な参拝方法はもっと複雑でややこしいようですがこれ以上は良く知りませんしあまり知ろうとも思いません。お寺では山門で一礼し本堂で合掌するといった程度のお参りをします。さらに絵馬をお土産に買い求めています。本来絵馬は神社や寺院に祈願するとき、あるいは祈願した願いが叶ってその謝礼をするときに社寺に奉納する絵が描かれた木の板ですが当方にとってはなぜか特有のデザインの一服の絵画であり、一種の収集癖から全国各地の絵馬を集めています。旅行などでその地に有名な神社仏閣があれば必ずお参りします。この行為は宗教心からというよりむしろ歴史や文化に興味があるからです。このように極めて信心深いとは言えない人間ですが何故か宗教は無視できないというより興味があります。宗教の本源はどこから来るのか対象は人であったり、自然であったり、事象であったり色々ですが「畏怖」と「敬意」ではないかと思っています。こういったことが常に頭の中にあるかというと全くそうではなく何かの時にふと出てくるといった方が当たっていると思います。何かの時とは例えば事件であったり、事故であったり、災害であったり、悪いことだけでなく祝い事であったりそういった日常の中で偶に起こる出来事にふと思い浮かんでくるといった方が当たっていると言えるでしょう。考えてみるとこういった行為は宗教心ではあるが、信仰心ではないような気がしています。特定の宗教例えば仏教・キリスト教・イスラム教といったような宗教を信ずる行為を信仰心というのではないかと思いますが宗教心はそう言った特定の宗教ではなく、ごく一般的な畏怖とか敬意といったような感情から自然に湧き出てくるものと言った方が当たっているような気がします。靖国神社や明治神宮にも近くに行ったらごく自然に参拝しますが別に神道を信じているわけではありません。政治的に考えたらいろいろ批判が出そうですが、ごく単純に死者の御霊を敬い先祖にお参りするといった程度で、やれA級戦犯との合祀だとか妙な理屈付けは全く思い浮かびません。死んだらみな同じ「仏様」といった日本人の感覚に疑問など出てきません。以上宗教について思うところを書いてみましたが特別な思想など無く極々当たり前の心の問題かと思いますが実際記述してみると結構厄介です。では御機嫌様さようなら。


2019(平成31).4.1 


 

2019年弥生便り

 投稿者:休農休弓  投稿日:2019年 3月 1日(金)08時02分19秒
返信・引用
  皆様

春の訪れを感じさせる風が吹き出しました。
まだしばらくは寒暖の差が激しい時期かと思いますが
油断しないよう健康に留意しましょう。
弥生便りお届けします。

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2019年弥生便り
 こんにちは。やっと春らしい日が続くようになりました。先月は政治がテーマだったので今月は経済かと、経済となれば身近なのは株式投資です。株式投資を本格的に始めたのはリタイアー後ですがその前から小遣い銭稼ぎ程度と持ち株会による勤め先の自社株買でした。当初は預貯金と同じと考えていましたが、結果的には地獄と天国といった感じです。2002年に定年(当時60歳)でリタイアーしたのですがその時、持ち株会で長年に渡りしっかりため込んだ自社株がなんと38円まで下落、これには墓場まで持っていかねばと腹をくくりました。平均購入価額が308円程度ですからなんと270円の評価損です。最終的には3年後に450円で売却できたので今度は天国に駆け昇りました。当時の株の売買は現在のネット環境とは全く異なり、いちいち証券会社に電話すると言うかなり不自由な状況でした。成功・失敗を繰り返しながらもしつこく続け、儲けはすべて再投資に回してきました。サラリーマンはリタイアーすると収入の道は不労所得の年金のみ、後はわずかな蓄えと退職金の食いつぶしです。年金と退職金の食いつぶしでは悠々自適など夢のまた夢で、何とか収入を計らねばと思いますがこうなると二度のお務めはしないと決めてのリタイアーなので更なる「不労所得」は、居ながらにしてできる株式投資しかないとの必然的帰結です。当然リスクはありますが、低金利時代の銀行預金ではわずかな蓄えは減る一方でそれこそリスクの抱え込みです。年金だけで生活できればそれはそれですが全く難しいと言わざるを得ません。「投資家」としての実体験的リスクの最たるものは人並みですがリーマンショックによる株価大暴落でした。2008年9月15日(月)にリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻したことがその発端です。米国で生じた金融危機は、一瞬にして世界の金融市場を動揺させ、連鎖的に世界的な金融危機が発生しました。NYダウ平均株価は急落し、約6か月後の2009年3月6日には、リーマン破綻前日の9月12日(金)と比べ▲43.4%の6,469.95ドルまで下落しました。2008年9月15日(月)日本は敬老の日で休日でした。そのため、株式市場に影響が出たのは翌日の9月16日で、その日の終値は前日比605.04円安(▲4.9%)の11,609.72円でした。日経平均が1日5%近く下がった歴史的な暴落の始まりでしたが、意外にも1日の下落率としては、歴代の20位にも入っていませんでした。しかし、その後の日経平均への影響は深刻さを増していきます。日経平均は、その後の日本の深刻な景気後退を予感させるかのように、下落し続けます。わずか1か月半後にリーマン破綻直前比▲41.4%の7,162.90円に下落します。その後上昇、下落を繰り返す不安定な状況を経て、ついに2009年3月10日に7,054.98円の大底をつけました。現在、サブプライム問題が表面化してからほぼ10年が経過しています。最近、株高は今後1~2年は続くだろうという意見まで出てきましたが、だがしかし、過去30年間、株価暴落は約10年毎に生じており、バブル崩壊の直前1~2年は株価が比較的安定して上昇していますので油断は禁物です。当方の損害と言えば、売買記録によると2009年から2012年までの4年間はじっと我慢に我慢で何も動けないという状態で、評価額は投資額の6割まで激減していました。その後株価が持ち直し2013年1月にやっとチャラになった感じでした。当時の稼ぎはもっぱら譲渡益中心でしたが、ここ1~2年は高配当株に移行、ボチボチですが小遣い稼ぎ程度にはなっています。楽観視はしていませんが、小金を動かすことと世界の動きを注視することで今のところボケ防止機能がそれなりに働いているのではと思っています。
2019年3月1日
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<参考>
株価暴落の歴史
ブラックマンデー 1987年
10月19日月曜にアメリカニューヨーク証券取引所で起きた、株価の暴落のことを指します。ダウにひきずられる形で、世界的な株安となりました。

バブル崩壊(*期間内の暴落)1990年
好景気を維持していた日本のバブル経済が、日銀の公定歩合引き上げなど様々な要因から破綻し、景気が急速に後退した出来事を指します。

阪神・淡路大震災1995年
1月17日AM5:46、兵庫県南部で大規模な地震が発生。その損害は10兆円規模となり、日経平均も一時的に大きく下げました。

ITバブル崩壊(*期間内の暴落) 2000年
アメリカを中心にIT関連の株価が急上昇した後、短期間で急落したことを指します。日本経済は不況の中にあったので、それ程大きな影響はなかったといわれています。

アメリカ同時多発テロ(9.11) 2001年
アメリカで4つのテロ事件が同時多発的に起こり、それに端を発し世界中で株価が下落しました。

ライブドアショック 2006年
1月16日、証券取引法違反容疑で、東京地検特捜部がライブドア本社に強制捜査を行い、これを受けて市場全体が急落したことを指します

村上ファンド代表逮捕 2006年
ニッポン放送株でインサイダー取引をしたとして、村上ファンドの代表が逮捕されたことを指します。

サブプライムローン問題 2007年
2007年末からアメリカの住宅バブルがはじけ、住宅購入用途向けのサブプライムローンの不良債権化が起こったことを指します。サブプライム関連の証券化商品を多く抱えたリーマンブラザーズなどは、一気に財務内容が悪化し、リーマンショック(破たん)へとつながっていきます。

リーマンショック 2008年
9月15日、アメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻したことで起きた、世界的な経済危機のことを指します。

東日本大震災 2011年
東北地方で起きた、大規模な地震災害。原発の爆発など被害状況が明らかになるにつれ、海外投資家の売りが殺到し日経平均は下落していきました。

日銀金融緩和(5.23ショック)2013年
日銀が大規模な金融緩和を実施したこと、バーナンキ議長が金融緩和縮小を示唆したことで、起きたといわれている暴落。

チャイナショック 2015年
8月11日の人民元切り下げに端を発し、為替相場の変動から上海株が急落。それに伴い世界の株式市場が連鎖的に株安へと向かいました。

ブレグジット(イギリスEU離脱)2016年
イギリスのEU離脱のことを指します。2016年6月23日に国民投票が行われ、EUの離脱が決まりました。

トランプショック 2016年
2016年11月9日アメリカ大統領選において、事前の予想を裏切る形でトランプさんが勝利したことで、世界マーケットに混乱を与えました。
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この様に暴落は繰り返し起きていますが、じたばたせずどのように対処するか、素人はただただ時の経過をじっと待つばかりというのも対処法の一つの答えではあります。どこで見切るのかある程度の予測は可能だとは思いますが、個別投資先企業への影響は日頃の研究しかないのではと思っています。株価は一種の人間行動指数なので関心は尽きません
 

2019年如月便り

 投稿者:休農休弓  投稿日:2019年 2月 1日(金)11時41分17秒
返信・引用
  皆様
こんにちは。あっという間に正月が終わり今まさにこの冬一番の寒い時期です。
東京都内ではインフルエンザの患者の増加が続き、患者数が 過去最多になったというニュースが
あります。お陰様でここ数年風邪をひかずになんとか暮らしていますが
皆様におかれましてはまだしばらく身に応える寒さが続くようなので風邪などにご留意ください。

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2019年如月便り
 こんにちは。あっという間に正月が終わり今まさにこの冬一番の寒い時期です。今年は節目の喜寿でもあり、少しはましで気が利いた内容にしたいと年頭のご挨拶で申し上げましたが、そう簡単になるものでもありません。政治・経済・宗教・哲学・芸術・教育・スポーツといったカテゴリー別にテーマを掲げ、時々の思いを綴ることになろうかと思っています。ただ大上段に振りかぶってもバッサリとは切れません。その時々筆のおもむくままに記された内容が結果的にどこかにカテゴライズされ、少しはましであったかどうかは読者が決めることとなるのではないかと思っています。時事となるとどうしても政治の話題になりますが、少々食傷気味なのが第45代米国大統領ドナルド・トランプとなってしまいます。この男良くも悪くも2017年1月20日就任以来この2年間の無茶ぶりに世界が翻弄されてきました。1946年6月14日(72歳)生まれですから第2次世界大戦が終わった翌年に生まれた「戦勝国」の戦後世代ということになります。同世代に近いとはいえ敗戦国の我々とは比較しても意味がありません。この自己顕示欲の塊のような男が選出されるアメリカという国ももう少しましだと思っていましたがこういう男を選出するなど全くがっかりさせられました。トランプリスクという言葉がありますが、政治経済全てにおいてこのリスクがついて回るのがここ当面の状況なのでしょう。「米国の孤立」は深まったように見えます。だが圧倒的な経済・金融力と軍事力を背景に、米国の「単独行動」は変わることはなさそうに思っています。超大国の「自国第一主義」が世界に及ぼす「トランプリスク」は、大統領就任直後から指摘されてきたが、まだ“過小評価”なのかもしれません。やり方は無茶苦茶だが本質をついているものもあります。一方、中国の経済発展に大きく寄与した「改革開放」政策が始まってから40年となりました。習近平国家主席は世界2位の経済大国となった成果をアピールし、共産党の一党支配の正当性を強調しているかのように見えます。習国家主席は何を目指しているのでしょうか。「一帯一路」構想にみる「中国第一主義」であり覇権主義。「中国第一主義」が定着すれば、世界経済は混迷の度を深めることになるのでしょう。習近平主席はアジア太平洋に「EU」を建設することを目標にしているが、EUをめざすなら、「覇権国家」の目標を捨てるしかない。いずれにせよ覇権の行方注視が必要です。国際政治学者による国際社会が世界的な危機に協調して対処する能力を失っているという分析と指摘がありますが、「次の危機が感染拡大かテロ攻撃か景気後退か分からないが、言えるのはわれわれの危機に対処する能力が大幅に低下し、その結果、危機はさらに深刻なものになりかねない。それが最大の問題だ」と警告しています。外務省事務次官が「事態の根本には、韓国政府内に『日本に対しては何をやっても許される』という認識があるのではないか」と韓国政府の日本に対する外交姿勢を批判しましたが全く同感です。日本はと言えば平成が終わりを告げ新元号への切り替えの年であります。デフレ脱却も実感なく、7月の参議院選挙も、消費税増税が控えており、統計不正問題も加わり、自民党も憲法改正などとのほほんとはしていられないでしょう。
2019年2月1日

 

2019年迎春

 投稿者:休農弓休  投稿日:2018年12月31日(月)23時32分9秒
返信・引用 編集済
  2019年(平成31年)迎春

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
定年(当時60歳)を機に始めたこの便りも17年目に入りました。
平成最後の年、また喜寿という記念すべき年でもあり、
今年こそ少しは気が利いたことを記したいと思っていますが
どうなることになるのか全く自信がありません。
年賀状は生存証明書、この便りは月次活動報告という位置づけですが
いずれにせよ気が向いた時に笑読いただければと思います。




         ーーーーーーーーーーーーHAPPY NEW YEAR--------------------
2019年(平成31年)迎春

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。この便りも17年目に入りました。喜寿という記念すべき年、平成最後の年に今年こそ少しは気が利いたことを記したいと思っています。旧年は天変地異オンパレードの年でしたが本年はもう少しましな年であって欲しいと願っております。自然災害は全くコントロールできていませんが、人の営みはそれなりにコントロールが可能なのに大きな事故・事件のニュースが絶えません。政治は人の営みの知恵を結集すべき最たるものと思っていますが、政治家も役人も与党も野党ももう少しましな活動をと望むばかりです。自然災害が全くコントロール出来ていないかというとそんなことはないのが、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP24)でしょう。温暖化に懐疑的なトランプ政権が17年に協定からの離脱を表明、さらにオバマ政権時代に約束した資金拠出を中止。米国以外の参加国・地域の危機感は強く、一部の議論を先送りしてでも合意にこぎ着けたいとの機運で、採択から1年足らずで発効にこぎ着けたパリ協定の勢いを持続できるか正念場でしたが、年末にようやく実施指針を採択、温暖化防止へ一歩進めました。昨年あたりから世界同時多発的にこれはどうかなと違和感を覚える政治現象が散見されるように思います。トランプ政権の無茶ぶり、野望むき出し覇権主義習近平の長期独裁体制、イギリスのEU離脱、フランスのマクロン政権発足と混乱、ドイツメルケル政権の終焉、ロシアの強権的プーチン政権、中南米の治安の悪さと政治的混乱、日本はと言えば安倍政権下の役人の弱体と強引な議会運営等々です。小人閑居の遠吠え評論家の活躍の場が増えそうで困ったことです。
これは昨年12月函南の伊豆畑毛温泉のホテルの前から撮影した富士山ですが、



逗子の浜から江の島の後方に見える富士山は下のこんな感じです。


BSプレミアム日本縦断こころ旅は「心に残る風景」を視聴者から手紙でもらい自転車で旅するというものです。手紙を出すとしたら逗子の浜から見た富士山のことを書くことになるのかなとふと思ったので正月に相応しい題材でもあるので見せびらかすことにしました。自宅から徒歩6~7分で海岸ですがハーフマイルビーチの中央まで歩かないと富士山は拝めません。それこそ65年以上前のことですが、海岸は楽しい遊び場の一つで現在の葉山マリーナのヨットハーバー入り口の防波堤が初めて飛び込みを覚えた水深3m以上の深い海でした。当時はプールなどなかったので遠浅の海岸から危険な岩場へというのが成長の証でした

年末の逗子市長選挙は、新人の桐ケ谷氏が4期目を目指した現職の平井氏を破り、初めての当選を果たしました。財政再建期待と長期政権マンネリ化が嫌われたのでは。 2019年元旦
 

2018年師走便り

 投稿者:休農休弓  投稿日:2018年12月 1日(土)09時34分56秒
返信・引用 編集済
  皆様
こんにちは。まだ本格的な寒さはもう少し先のようです。
今年最後のお便りです。
師走の声を聴くと恒例の重大ニュースが気になります。
以下本文に譲ります

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2018年師走便り
こんにちは。今年最後のお便りです。師走の声を聴くと恒例の重大ニュースが気になります。人の営みのニュースの評価・選別は内外・事件・事故・政治・経済・スポーツ・芸能等多岐にわたり、それぞれ主義、主張、好き嫌いなどの要素で構成されますので皆様のご自由意思にお任せしたいと思います。今年は天変地異オンパレードの年だったので自然災害に的を絞って取り上げてみました。並びは大小軽重ではなく時系列の方が思い出しやすいので発生順ということにしました。1月は①関東甲信で大雪=東京20センチ超、4年ぶり警報②草津白根山で噴火、2月③福井県で記録的大雪④台湾で大きな地震=ホテル倒壊、ということになります。4月に入り⑤大分山崩れ 6人全員の死亡を確認⑥大阪で震度6弱⑦グアテマラ噴火、死者100人超に、7月は⑧西日本豪雨=死者200人以上⑨埼玉・熊谷で41.1度=国内最高気温と6月から始まった今年の猛暑は1946年の統計開始以降記録的でした。⑩ギリシャで山火事、80人以上死亡、更に9月に入ると⑪台風21号 25年ぶりに非常に強い勢力で上陸⑫北海道胆振東部地震⑬台風24号、と立て続けて災害に見舞われました。インドネシアでも⑭スラウェシ島地震マグニチュード(Mw)7.5との大地震発生。あまりニュースにならないヨーロッパでも異常気象が多く、大寒波が襲ったり、猛暑になったり、大雨が続いたりとの報道が聞かれました。11月は何といっても⑮山火事が鎮火 死者は88人/米、8日から続いていたカリフォルニア州北部ビュート郡の山火事が21日に鎮圧しました。焼失面積は約1030平方キロ・メートルに上り、家屋など約2万1000棟が失われた。安否不明者も200人の多数に上り全容はいまだに分かっていません。トランプ大統領はツイッターに、「きちんと森林を管理していれば、カリフォルニアでしょっちゅう起きている破壊を止めることができる。もっと賢くなれ」と投稿しました。これに対して、世界的な人気歌手のレディー・ガガさんは、「前から分かってはいたが、独り善がりな人だ。大統領、少しはカリフォルニアの人たちに思いを寄せて、この国が思いやりのある国だという模範を示しなさい」とツイッターを通じて大統領を窘めたようですが拍手喝采です。このところ朝からゴーン、ゴーンとうるさく鐘が鳴っています。厄介な鐘の音です。事実なら誠にけしからん話ですが英雄的働きをした人物でもあり、どう決着させるのか落としどころが見えてきません。このニュースが今年の最後では誠に後味が悪いので、災害ではありませんがどうしても取り上げておきたい素晴らしいニュースがあります。7年後というとこの世にいるかどうかわかりませんが、2025年大阪での万博開催が決定したことです。橋下徹ほどのワクワクぶりではありませんが、東京オリンピック並の次の目標が出来たことで、全く元気がない大阪経済活性化への好影響と一元的広域行政を目指す大阪都構想再燃への弾みです。関西在住11年の一人として是非成功を願っています。
 忘年会シーズンでしばらく遠ざかっていたアルコールですが、昨日は今や名称消滅が確実になった元勤務先1966年入社東京在住者同期による居酒屋でのもう夜は勘弁してとのことから真昼間からの飲み会、今日の夜はアーチェリー仲間、4日は現役時代の業界仲間で河豚コース、22日は吹き矢仲間で中華コースとまだまだお盛んです。一寸早いですが良いお年をお迎えください。
2018年12月1日

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